しばしば「感謝しましょう」という言葉が安易に語られるが違和感がある。あいだみつおや24時間テレビが揶揄されるのと同じ感覚だ。
全てのことを前向きに捉えましょうというのはとても素晴らしいことである。
しかし、語られ方に違和感がある。
何百年にわたって風雪に耐えて生き延びてきた古典がある。
苦節を生き延びてきた物語である。
聖書のヨブ記、淮南子の「人間万事塞翁が馬」、比較的近い時代で言えばシェイクスピア、ドストエフスキー、カミュ、そしてアウシュビッツに収容されながら生き残ったフランクルの「夜と霧」。
「感謝しましょう」は上から目線だ。
為政者が奴隷を洗脳している目線を感じる。
銃殺寸前までいったドストエフスキーや、ガス室行を生き延びたフランクルは決してそんな安直な言葉は使わない。
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