徳川慶喜の恭順

強情候といわれた徳川慶喜。
当初サポーターだった島津久光、松平容保も匙を投げたという。

二世三世ウォッチャーとしては興味ある人物だ。

徳川幕府というビジネスモデルが陳腐化していた。
これを持ち直すのはとんでもない事業だ。

改革派に担がれていたくらいだから、頭ではわかっていたのだろう。

しかし、現場感覚がない。

大阪に部下を残して勝手に敗走。
なんだこいつ。
織田信長も似たようなことをしたから、英雄の気質はあったのだろう。(皮肉)
でも、一代でのし上がった信長と、300年の相続人では気概が違う。

こうゆうおぼっちゃまは、おとなしく消えていくのが正しい。
そういった意味では、後半生の身の処し方はよかった。

勝海舟や山岡鉄舟の命を懸けたご奉公に少しは感じることがあったと思いたい。

でも、ただめんどくさくなって趣味の世界に浸っていただけだろう。

日本人は素直で真面目だから生きながらえたが、フランスだったらギロチン台行きでしょう。

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